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2009/09/20

赤松林太郎・墨東より時をたずねて(18) ― 2009年秋号「こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon」

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【こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon 2009年秋号】

※エッセイ本文は↓↓↓

真珠菴に響いた魔笛

 前号で長谷川等伯の絵とコラボレーションしたコンサート(石川県七尾美術館)について書いたところ、エッセイを読んだよと声を掛けて下さる方が多く、本当によい企画に恵まれたと今さらながらに嬉しく思う。そのコンサートの動画は、映像作家の友人がドキュメントとして制作してくれたので、YouTubeにて公開している。下記のアドレスよりご覧いただければありがたい。http://jp.youtube.com/user/officelaparade

 前回のエッセイを書いたのはコンサート翌日のことだったが、私を含めて周囲の「等伯熱」はしばらく冷めることがなかった。等伯という磁力に引き寄せられて、今年の夏は熱病にうなされたかのように、何度も京都へ足を運んだ。
 中でも8月2日は特に忘れられない一日となった。その日は、北陸から、東京から、そして関西から、等伯を愛する20名ほどが大徳寺に集合して、雲龍さん(大倉流十六世宗家の弟にあたる)の案内で真珠菴と聚光院を拝観させていただいた。一般には公開していない建物だが、真珠菴は長谷川等伯の方丈障壁画『商山四皓図』、聚光院は狩野永徳の方丈障壁画『花鳥図』『琴棋書画図』で知られており、同時代に生きた両雄の美を一度に拝見するなど、滅多にできるものではない。

 真珠菴は一休宗純禅師を開祖として、その遺志を継いだ堺の豪商・尾和宗臨や墨齊禅師(当庵第1世)をはじめ一休和尚の高弟たちにより、延徳3年(1492)に創建された大徳寺の塔頭である。方丈は寛永15年(1638)に再建されたが、中央の何似塔(かじとう)に室町時代作の有髪の一休禅師像を安置する。ところが、像は奥の方に置かれているので、その全姿を拝見することはできない。
 ここで雲龍さんが一節切(ひとよぎり)の奉納演奏をするということで、庭に向かって眼を閉じ、背中で笛の音を聴くように勧められた。そして、長い間(ま)があった。雲龍さんが管へ静かに最初の息を送った時、私たちの空間はわずかに震えたように感じられた。やがてその震えは風を呼んで、一匹の蝶が庭の向こうから、爽やかな涼感と共にやってきた。音に戯れるかのように、その蝶はしばらく私たちの周りを舞っていた。一節切は彼岸にまで響く魔笛だったのかもしれない。会うべき時にのみ宿命的に会える、一期一会の音色なのだと思う。

 等伯という磁力に導かれたひと夏は、こうして終わった。下半期は札幌、盛岡、いわき、東京、小矢部、神戸、加東、出雲など、コンサートを通して新しい出逢いが待っている。

執筆 掲載記事

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