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2008/06/20

赤松林太郎・墨東より時をたずねて(13) ― 2008年夏号「こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon」

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【こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon 2008年夏号】

※エッセイ本文は↓↓↓


あるカウンターの情景

 私が東京に出てきたのはまだ半年前のこと。デビュー公演を終えてからの半年間は、文字通り東奔西走の毎日だった。引っ越してしばらくは知人も少なかったので、年越しは家族と一緒に過ごしたいなと、三田に戻る気持ちもあった。
 まだ慣れない押上の下町だったが、年末のある昼下がり、珈琲を焙煎するよい香りにつられて古い建物のドアを開いた。名前は「長屋茶房・天真庵」という。建物は築60年の長屋ながら、店として生まれ変わってからはまだ一周年を迎えたばかりである。何かの伏線だったのだろうか、私がヨーロッパから日本に引き上げた頃、この下町で産声を上げていたことになる。

 私が物心ついた頃に過ごしていたのは神戸・岡本だった。父の転勤に伴われて多くの街で生活したにも関わらず、いつも想い出されるのは岡本の駅前商店街や住んでいたマンションに続く坂道、あるいは阪急電鉄の座席だったりする。子供の時に刷り込まれた記憶というのは育まれるもので、ある情景にふと出会った時、子供の私に戻ることができるのである。
 珈琲豆を挽く香りをカウンターで胸いっぱいに吸い込むと、母がよく連れて行ってくれた喫茶店のことを想い出す。私は岡本の下町で苦い珈琲の味を知った。また父が通っていた音楽喫茶では、ウィンナーコーヒーと共に幾多もの作曲家を知った。珈琲の苦味は大人に近づくための儀式、そう誇らしげに思いながら、まだ幼い妹たちに珈琲の味を説明していた。いってみれば、喫茶店は私の人生の原風景でもある。

 私は今、押上の下町に帰ってくる場所を見つけたのである。私は東京に帰るたびに、「長屋茶房・天真庵」に一杯の珈琲とチーズケーキ、そして蕎麦をたずねている。疲れた心が深呼吸できる指定席は、いつも近くに用意しておくべきだ。私にとっては過去にも未来にも好きなように戻れる空間がある。見知らぬものでさえ記憶として転化することができる、そのことを私は夢と呼ぶのだと思う。そして、このカウンターで私は多くの人に出逢った。

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