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2008/09/20

赤松林太郎・墨東より時をたずねて(14) ― 2008年秋号「こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon」

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【こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon 2008年秋号】

※エッセイ本文は↓↓↓

石の上にも三年というので

 この夏休みを熱狂させてくれた北京五輪を見ていて感じたことだが、メダリストの今日までの軌跡はやはり並のものではない。五輪にかぎらず何かの大舞台に挑戦するということは、なかなか言葉では尽くせないものなのだろう。

 「夢」を見る自由は皆に等しく与えられているにも関わらず、そのスタートラインに立つ者はわずかである。「夢」を現実生活にスライドさせて真っ向から勝負に挑む人間は、向こう10年、20年という見えない自分に対して、何の保証もない巨額の賭けを投じることになる。メダルや賞が取れるまではとりあえず報われないが、取ったからといって戦いが終わるわけでもない。彼らが戦っているものは結局のところ他者ではなく、自分自身という蜃気楼のようなモンスターなのだからすごい。

 先日、私は群馬の山村まで酷暑を逃れて、ある古武術の合宿に参加した。後日その話をした人から「言問橋の欄干あたりをシャカシャカと渡ってみせていただけるんですね」と言われたのだが、今さら隅田川に落ちるまでもなく、すでに人生の危ない橋をいくつも渡っては落ちてきた。落ちない石橋がすべてという世の中でもあるまい。この不安定な世の中、叩いたら落ちそうな橋ばかりである。ならば、「石の上にも三年」という教えを守って、腰を落ち着けてみるのも悪くない。流転激しい現代社会にあって、どっしりと構えて「夢」に向かう自分自身を見つめ直すというのも、なるほど逆転の発想である。

 東京に出てきてまもなく一年が経つ。パリに住んでいた時もそうだったが、自分の中で思い描いていた「東京」と、生活の場あるいは競争世界としての「東京」との間には、ずいぶんと大きな狂いがある。ピントを合わせるのに一年が、かかった。
 2010年は私のヨーロッパ・デビュー10周年である。とりあえず残り2年、石ならぬ東京でじっくりと腰を据えてみようと思っている。

【写真】 今から8年前、右も左も分からないまま挑戦したヨーロッパ。写真は独デュッセルドルフにおける第3回クララ・シューマン国際ピアノコンクールにおけるファイナル・ステージ。マーク・アンドレ指揮デュッセルドルフ交響楽団との共演でシューマンのピアノ協奏曲を演奏して、そのライヴ録音はCDにもなりました。

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