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2009/03/20

赤松林太郎・墨東より時をたずねて(16) ― 2009年春号「こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon」

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【こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon 2009年春号】

※エッセイ本文は↓↓↓

「いちご部」回想

 コンサートが終わって東京に戻ると、数日間はぐったりしている。しばらくしてから疲れが出てくるようになったのは、あるいは歳のせいかもしれないが、わが母などはまったくの疲れ知らず、ぜひ見習わなければと思っている。
 そんなある昼下がり、この連載でも紹介したことがある馴染みのカウンターで、清々しいお酒を傾けていた。立春の朝に瓶詰めしたという栃木・佐野の生酒らしく、貼られているラベルの裏側には赤字で「大吉」と記されていた。佐野では2回ほどリサイタルで呼んでいただいたことがあり、CDに入っている数曲はこの地で収録されたものでもある。これは大変に縁起よろしく、いつもの仲間たちとつい盃がすすんでしまった。

 そのうちの一人に音楽好きの酒屋の奥さんがいて、伊豆のあるいちご農園を勧めて下さった。あいにく運転免許を持っていない私は、残念ながら行く手段がないのだが、ここのいちごを食べるとどんな男女でも結ばれてしまうほどの「美味」らしい。もっとも、世の中ではこうした惚れ薬を「媚薬」と呼んでいるわけで、愛の媚薬を飲んだことで懊悩が始まった男女は、実に多くのオペラの主人公になっている。

 ヨーロッパでは春の季語がいちごであるかのように、旬になるとマルシェを真っ赤に染める。パリに住んでいる時は、私のアパルトマンがマルシェのすぐ近所にあったため、春になるといちごをよく買ったものだ。
 はしりの頃はモロッコ産やスペイン産といったものが主だが、次の週になるとイタリアやフランスといった近場の産地で溢れていた。スコップ1杯で約1キロのいちごがすくえるらしく、いつもどっさり買って帰った。デュッセルドルフに住んでいる時は、小さなバケツを持って行ったこともある。

 どっさり買ってきたいちごは、ガラスのボウルに入れて、部屋の真ん中に置いていた。しばらくすると部屋の隅々までいちごの香りで満たされて、抱擁されているような温かい気持ちになる。うっとりとする幸せな香りは、ピアノの音まで変えてしまうようなもので、私にとっての麻薬でもあった。
 パリの仲間内で楽しんでいた「いちご部」なるものだが、今でもこうやって食べるいちごが一番美味しいと思っている。日本でもそろそろいちごが店頭に並び始めた。

【写真=スペインのアランフェス宮殿内部】 スペインはほぼ毎年行っていましたが、2006年4月のマドリッド滞在ではアランフェスまで足を伸ばしました。スペイン国鉄が1984年から毎年4月~7月の観光シーズン限定で、マドリッド-アランフェス間の‘Tren de la Fresa’を週末運行します。その時は残念ながら搭乗できず、この「いちご摘み列車」に乗ることが今後の夢になりました。

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