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2009/06/20

赤松林太郎・墨東より時をたずねて(17) ― 2009年夏号「こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon」

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【こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon 2009年夏号】

※エッセイ本文は↓↓↓

長谷川等伯を偲ぶピアノコンサート

 5月30日、私は能登半島の七尾でコンサートをさせていただいた。トークを交えながらのコンサートというのは珍しいことでもないのだが、今回は長谷川等伯の絵とコラボレーションしてほしいということで、当日まで完成予想図の見えない難産仕事だった。その分だけ私にとっては、たくさんの想い出が詰まったコンサートとなった。

 七尾に入る前日、私は京都の智積院を訪ねた。ここにはかつて祥雲寺の室内を飾っていた障壁画の一部が所蔵されており、等伯筆『楓図』と長男・久蔵が描いた『桜図』が並べられている。祥雲寺はわずか3歳で亡くなった豊臣秀吉の愛児・鶴松の菩提を弔うために建立された寺で、30歳を過ぎてから生地・七尾を離れ、狩野永徳の隆盛する京都で勝負を挑んだ等伯にとっては、長谷川一門の将来を賭けた大仕事だった。ところが、八重の桜が画面いっぱいに花開く春絢爛を『桜図』に描き上げた翌年、久蔵は26歳の若さで急死することになる。その死から一年、等伯は『楓図』を完成させた。万感を絵に込めるしかなかった等伯の、父親としての心境は幾許のものだったのだろうか、私が今回のコンサートでこだわった想いだった。

 コンサートの前日だが、石川県七尾美術館の学芸員・北原洋子さんに案内していただき、七尾で等伯にゆかりのある寺を訪れた。彼の足跡をたどる中で接した方々は皆、等伯がまるで昨日まで生きていたかのように話されていた。等伯は来年で没後400年を迎えるが、彼の作品に描かれた人間のナイーブな部分はまったく色褪せていない。人間は400年前と何も変わっていないことを伝える等伯の絵を前に、私は人間としての等伯に魅力を感じるようになった。おそらく最近の等伯ブームも、そのあたりから来ているのかもしれない。

 コンサートは七尾美術館で開催中の「長谷川等伯展」に合わせた企画で、ピアノ脇のスクリーンに写し出された等伯と久蔵の作品を北原さんが解説、そして私がそれぞれの作品への思いを語り、絵に合わせてピアノ曲を選んで演奏した。選んだ作曲家はラフマニノフ、ドビュッシー、武満徹、そしてショパン。来年で生誕200年を迎えるショパンもまた、紆余曲折の人生を送った。等伯の代表作『松林図屏風』にはショパンの『幻想ポロネーズ』を合わせたのだが、曲折を経た晩年の作品には作者の人生があるがままに映し出されており、その静謐で崇高な精神性は、和や洋、時空といったものをはるかに超越するものである。今回は表現者として大事なことの何かを、等伯から多く教わった気がしている。生まれて初めて和服で演奏したことも、私にとって忘れられない出来事になった。

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