--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
2010/09/20

赤松林太郎・墨東より時をたずねて(22) ― 2010年秋号「こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon」

chiffon_1009a chiffon_1009b

【こうべさんだ生活ART情報誌Chiffon 2010年秋号】

※エッセイ本文は↓↓↓

ハンガリーのスピリッツ

 この夏休みはハンガリーで過ごした。2年間を過ごしたブダペストへの変わらない親しみと、急速な近代化への驚き、そして何よりもハンガリー人への強い愛情を感じた1週間だった。プライベートな旅行ではなかったので、タイトなスケジュールの中で多くのハンガリー人に会ってきたのだが、今さらながら「異文化コミュニケーション」にずいぶん体を張ってきた。

 その一つにパーリンカがある。パーリンカはハンガリアン・ブランデーと訳されるが、パーリンカはパーリンカでしかない、ハンガリー人の魂のような酒である。ハンガリーでは毎日何度もパーリンカを飲んだ。勧められたというよりは、断ることのできない契りのような乾杯である。また目覚めの一杯が朝食を快適にすると、ショットグラスを勧められたことも幾度とあった。人と会うたび、挨拶代わりにパーリンカをぐっと飲み干してきた。おかげで私は何種類ものパーリンカを知った。

 「愚かで食いしんぼであることを別にすれば、われらハンガリー人は全く純情な国民だ」と詠んだのはハンガリーの国民的詩人アッティラ・ヨージョフだが、パーリンカに対する純潔な信仰も、実によくハンガリー人を象徴している。アルコール50度以下のものは値せず、50~55度のものが美味いという。ケチュケメートのパーリンカは特に美味いと言われているが、当地で飲んだものは58度だった。味が透明になっていくにつれて、果実の香りが広がってくるパーリンカは上等である。ペーチでもそんな自家製を楽しんだ。パーリンカを飲まなければ、ハンガリー人とは語り合えないが、パーリンカを飲めば、ハンガリー人は心を開いてくれる。そして詩も歌も音楽も、パーリンカがすべてのスピリッツとなっている。そんな愛すべき国での物語は次回に続く。

【写真】 ケチュケメートのコダーイ音楽院を表敬訪問した際のミニコンサートです。新聞社のインタビューを受けて、最後に記念撮影をしました。写真は音楽院の校長と対談している様子です。

執筆 掲載記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。